第86回日本プロゴルフ選手権大会

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第86回日本プロゴルフ選手権大会

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第79回(2011年)

プロ16年目の河井博大が接戦を制しメジャーで涙の初優勝

プロ16年目、涙の初優勝を果たした39歳河井博大

プロ16年目、涙の初優勝を果たした39歳河井博大

 

 2011年のプロゴルファーNO.1の優勝争いは、河井博大が前日からのトップを守りきり、通算9アンダーでメジャーにてツアー初優勝を飾った。トップタイからスタートした裵相文(べ・サンムン=韓国)は、スコアをひとつ伸ばしたものの7アンダーで2位に終わった。巻き返しが期待された大会ホストプロの池田勇太は、スコアをひとつ落とし通算1アンダーで5位タイに留まった。

 

2011年の大会成績はコチラ>>

 

第1ラウンド

雨の中、韓国勢二人が首位タイ発進!

雨の中、韓国勢二人が首位タイ発進!

 

 男子国内メジャー初戦の日本プロゴルフ選手権日清杯が12日に開幕。3日続きの雨の中、5アンダー、66で首位に立ったのは、7バーディー、2ボギーのジェイ・チョイ(27)と6バーディー、1ボギーの金亨成(キム・ヒョンソン、31)の韓国勢二人。1打差4アンダー67の3位は、昨年大会3位、41歳のベテラン藤田寛之と宮瀬博文、松村道央、J・B・パク(韓国)、盧承烈(ノ・スンヨル=韓国)の5人。2009年大会優勝の池田勇太と大会3年連続予選落ちの石川遼はともに雨で重くなったグリーンに苦しみ、池田が3バーディー、2ボギーの1アンダー70で21位タイ。石川は1バーディー、1ボギーのイーブンパーで、昨年優勝の谷口徹らとともに37位タイと出遅れた。左第2足趾関節周囲炎で昨年11月のカシオワールド以来5試合ぶりに戦列復帰した深堀圭一郎(42)は、1アンダー、70で21位タイスタート。H・T・キム(韓国)が左手首痛で18ホール終了後、加瀬秀樹が背筋痛で6ホール終了後ともに棄権した。

◇   ◇   ◇

石川遼(イーブンパー71 37位タイ)
「5メートル以上のバーディーチャンスが多かったが、もうひと伸びしてほしいパットがいくつかあった。大雨が降ったのでしょうがないが、明日からはグリーンも速くなると思うので…。(この試合から使用しているマッスルバックのアイアンは)さすがになじんでないですね。バーディーのとれた2番でPWでいいショットが打てた。あすからはミドルアイアンでも距離もラインも重なるああいうショットを打っていきたい。出球でもう少し右にいく球が打ちたいですね。18番のセカンドは6Iが薄く入ったミスショット。バンカーで目玉になっていて、SWよりPWの方がうまく入るかなと思ったけどダメだった。アンプレと同じになった(ボギー)。久しぶりに中嶋(常幸)さんと一緒で、自分の目指していた体重移動を見て改めて参考になった。全体的にショットは大分よくなっていたし、明日予選を通るための最低限のラインはクリアできたと思う」

 

第2ラウンド

石川遼、4年目で日本プロ初予選通過!

石川遼、4年目で日本プロ初予選通過!

 

 第79回日本プロゴルフ選手権日清カップヌードル杯の2日目は、4日ぶりの晴天の中で行われた。5.8メートルの風と難しいピンポジションで上位陣のスコアが伸びず、前日首位タイのジェイ・チョイ(米国)が1バーディー、2ボギーと一つスコアを落としたが、通算4アンダーで首位をキープ。6バーディー、2ボギーの4アンダー、67のベストスコアを出した河井博大(ひろお)が、37位タイから首位タイに急浮上。3バーディー、3ボギー、71の松村道央の3人がトップに並んだ。1打差の通算3アンダー、4位タイには藤田寛之、J・B・パク(韓国)、武藤俊憲、野仲茂の4人。さらに1打差の通算2アンダー、8位タイには昨年優勝の谷口徹ら8人がつける混戦となった。池田勇太と石川遼はこの日ともに71で、池田通算1アンダー、16位タイ、石川遼通算イーブンパーで26位タイとそれぞれ順位を上げた。通算4オーバー、146までの58位タイ、69人が決勝ラウンドに進んだ。丸山茂樹は腰痛、谷原秀人は発熱、H・T・キムは左手首痛のためそれぞれ2Rから棄権した。

◇   ◇   ◇

 石川遼が初めて日本プロゴルフ選手権の予選を通過。バーディーに仕留めた18番グリーンでは両こぶしを天に突き上げる感激のポーズでギャラリーにアピールした。プロ転向した08年の日本プロ(群馬・レーサムゴルフ&スパリゾート)で5打届かずに予選でカットされて以来、09年は恵庭CC(北海道)、10年はパサージュ琴海アイランドGC(長崎)でと、3年連続で石川は日本プロの決勝ラウンドには進めなかった。プロ4年目を迎えた今年。一昨年は賞金王にまで成長した石川が、どうしてもこの汚名をそそがなくてはならない国内メジャーでもあった。

 雨中戦となった初日はイーブンパーの37位スタートで、まだ安全圏ではない。やっと天候の回復した2日目。強い気持ちで出ながら3番でボギー、4番ではバンカーにつかまってダブルボギーと最悪の出足になった。またも頭にちらつく予選落ちの影。しかし遼はこの背水の場面から盛り返した。

 「ダブルボギーのあと、静かにバーディーがとれたのは成長」(石川)という5番(パー5)は、2オンを狙わず3打をSWで攻めて初バーディーをとると、危ない橋も次々とパーセーブ。11番もとって2つのパー5はともにバーディーにして失地を回復していった。“517ヤード、パー4”のモンスターホールも、セカンドでバンカーにつかまりながら、バンカーショットがカップにけられるナイスリカバー(パー)。そして迎えた最終18番(パー4)。「セカンドは168ヤードを9番アイアン。きょう最高のショットを打てた」と、ピン1.5メートルにつけてバーディーで締めた。前半で落とした3打を帳消しにした通算イーブンでのフィニッシュは、その時点で予選通過は決定的だった。

 「きょうも悪い出足だったので、今年もダメかな、こういうトーナメントもあるんだなと不安になった。でも若干開き直りもありましたね。きのう、きょうと風が違い、風が変わると全く違う顔を持ったホールになるので難しい。2日間でバーディーは4つで目標には及ばないけど、きょうの方が風もあったしピンポジションも振ってあって難しかった。2日間同じスコアでも、きょうのパープレーの方が価値があった。アンダーパーの世界には入れなかったが、イーブンで終えられてよかったです。これで苦手なトーナメントはなくなりましたね…」

 この試合で使い始めたマッスルバックのアイアンについても、「18番の第2打は168ヤードを9番アイアンで打ってぴったりでした。ショートアイアンのスピン量が減って、アゲンストでも吹き上がらなくなったし、大分感じをつかめるようになった。18番なんかはあれだけの長いホールで打ち上げなのに、きっちり打ててあすへの自信になった」と、大きな収穫を得たようだ。

 石川は、今年4月のマスターズでも3回目の挑戦で初めて予選を突破した。そして日本プロも4回目で初めて決勝に進めた。まさに石川遼の進歩の証しだろう。「オーガスタでは3日目のムービングデーを生かせなかったけど、あしたはしっかり戦って、優勝のチャンスのある位置で最終日を回りたい。去年までは耐えて予選を通過するというのがなかったけど、それができた。初めて通過したことをみんなが忘れてしまうようなプレーを残り2日間でしたい。トップとの差があまり開いてないのでまだまだチャンスはありますから」と、首位へは“4打差”、初予選通過を一気に国内メジャー最年少Vへとつなげたいとの貪欲な意欲をほとばしらせた。

 

第3ラウンド

“モンスター”15番、唯一のバーディ。池田勇太、日本プロへの執念は実るか?

“モンスター”15番、唯一のバーディ。池田勇太、日本プロへの執念は実るか?

 

 国内初メジャーの日本プロゴルフ選手権日清杯3日目。大混戦が続く中で、前日首位タイの河井博大が4バーディ、2ボギーの69で回り、通算6アンダーとして首位をキープ。6バーディー、1ボギーのベストスコア66の裵相文(べ・サンムン、韓国)も、16位から首位タイに浮上した。前日首位タイの松村道央も1つスコアを伸ばしたが、通算5アンダーで1打差の3位に落ちた。池田勇太が4アンダー、3ボギーの70で通算2アンダーとし、金庚泰(キム・キョンテ、韓国)、武藤俊憲とともに首位に4打差の5位タイに上がった。石川遼は3バーディーはとったが、4連続ボギー(09年ツアー選手権3R以来プロになって3度目)などがあって74とスコアを崩し、通算3オーバーとして前日と同じ26位タイにとどまっている。大会連覇がかかっていた谷口徹(43)は1番ホールを終わったところで腰痛で棄権した。

◇   ◇   ◇

 勇太の逆転大会2勝目はなるだろうか。夕陽を顔いっぱいに受けた勇太は、最終18番をボギーにした悔しさを飲み込むようにしていった。

 「あす、4打差なら逆転できる位置です。最後まで望みは捨てずやるしかないじゃないですか!」と、報道陣を見つめて笑顔ひとつ見せずにいいきった。「あす、途中何を気をつけるかって? そんなこと考えている余裕なんかあすはないですよ。トップをとるかとらないか、そのどっちかしかないんです」―。

 21位→16位→5位とじわじわと順位を上げながらも難コースの壁が厚い。勇太のイライラは、ラウンド後の不機嫌さに表れていた。この日も1番でいいパットを入れ、2番のパー5もとって連続バーディーのスタートを切りながら、6番、8番をボギーにした。“モンスターホール”となっている15番(517ヤード、パー4)では2打目でまだ250ヤード以上残っていた。キャディーと「花道を駆け上がってくれればいいな」と話し合いながら打った3Wが、その狙い通りに働いた。2オンして13メートルの「のぼりフックライン」(池田)も決まって見事なバーディー。この日68人がプレーして唯一人のバーディーだった。

 「260ヤード近く残っていたのに、あんないいバーディーがとれた。それなのに…。最後をボギーにしたら何にもならんわ。18番のアプローチは腑に落ちないね。どうもイメージのでないアプローチだったね。悔しい…」

 グリーンエッジからの寄せを5メートルもショート、これを外してボギーとした最終ホールが、笑顔のかけらも出なかった理由だ。この悔しさをバネにした勇太の逆襲に乞う、ご期待だ。

◇   ◇   ◇

 ディフェンディング・チャンピオンの谷口徹(43)が14日、日本プロゴルフ選手権日清杯の3日目、1番ホールを終了したところで腰痛を訴え棄権した。谷口はスタート直後のこのホール、フェアウェイからPWで第2打を打ったとき左腰に異常を覚え、そのままプレーを続けたが、パターのとき前傾姿勢で構えても痛みが激しく、このホールを2パットのパーで終了したあと棄権を申し出た。その時点では通算2アンダーで首位に2打差だっただけに悔やまれる。秋山武雄トレーナー(45)によると「左腰の筋膜の炎症で急性腰痛症。いわゆる軽いぎっくり腰です。筋肉の断裂はみられないので、いまのところ病院には行かない。アイシングで処置をし、自宅で当分安静にしてもらう。来週の試合はとりあえず休んで様子をみる。最近左股関節に疲労があったのでちょっと心配です」と話していた。

 

最終ラウンド

ウィニングパットを決め、河井はキャディと抱き合って初優勝を喜んだ

ウィニングパットを決め、河井はキャディと抱き合って初優勝を喜んだ

 

 今年度のプロゴルファーNo.1は、プロ16年目、未勝利の河井博大(かわいひろお、39)の頭上に輝いた。2日目から首位タイに立った河井は、好調なパットで連日60台をマーク。最終日も前日首位を分けていた裵相文(べ・サンムン、韓国)と激しい首位争いの末、大詰め17番でグリーンエッジからの7メートルをパターで直接沈めるバーディーで抜け出した。4バーディー、1ボギーの68、通算9アンダー、275。ツアー初優勝が日本タイトルの選手は、2009年日本オープンの小田龍一以来で15人目(73年以降)、史上3番目の年長記録(39歳6ヵ月2日)。来年から5年間のシードも獲得した。大会2勝目を目指した池田勇太は72で通算1アンダー、5位タイ。4年目で初めて予選をクリアした石川遼は70で通算2オーバー、12位タイだった。

◇   ◇   ◇

 若手がつかむ涙の初優勝は初々しいが、39歳の男がはた目もはばからず涙にくれた初優勝も、日本プロゴルフ選手権の歴史に残る感動シーンだった。河井博大(ひろお)。広島県出身(日大卒)。師匠を瀬戸内高の先輩・田中秀道と仰ぎ、その田中が18番グリーンサイドで待ち受けると、その腕の中に飛び込むようにして感涙にむせんだ。

 「もう、うれしいの一言です。最後のパットを入れた瞬間、何も考えられなかった。そのあとに頭に浮かんだのは“やめないでよかった”と…。秀道先輩(1年後輩)にはずっと励まされて、それを信じてやってきた。これで恩返しができました」。グリーン上でのテレビインタビューで、熱い涙をしゃくりあげながらの“第1声”だった。田中秀道はこの朝、河井に「お前は絶対勝てないよ」と一言言い残してスタートしていったという。「あれも、優勝を意識させないように、という思いやりだったと思う」と、河井はまた涙をぬぐった。

 この4日間、河井はとにかく危ないパットをしぶとく入れ続けた。大混戦となった今年の日本プロ。2日目の67(23パット)で首位タイに立つと3日目も69で首位タイを守った。最終日・最終組。「どのくらい緊張するか分からない」と前日は不安げに語ったのに、フタをあけると競り合う裵相文(べ・サンムン)と堂々と渡り合い、追ってくる松村道央、昨年の賞金王・金庚泰(キム・キョンテ)に少しのスキも見せなかった。7番では6メートルを入れて6番に続く連続バーディーにした。長いパー4の15番では、3オンだったが、「あのパットは大きかった」(河井)といった6メートルのパーパットを沈めた。17番(パー3)はグリーン手前のエッジから7メートルをパターで決め、これが並んでいた裵(べ)を突き放すウイニングパットになった。4日間とも20台のパット数。平均では「26」というパッティングが初優勝を引き込んだ。2年間使っていたピン型から先週の中日クラウンズから白色のマレット型にしてからまっすぐ構えられて入るようになった。

 99年のQTで4位に入り、2000年からツアーに出てシード選手にもなった。しかし、「僕のゴルフスタイルがすべてに否定的で、私生活では思うがままに生きていくタイプなのに、ゴルフになるときっちりやりすぎると秀道先輩からいわれた。考え方も打ち方もすべて変えていかなくては、シードはとれても勝てないといわれた」と。そして教えられたのは「何も考えないで歩きながらボールのところへきたらサッと打て。“無”で打っていくんです。難しかったが、そうした訓練でだんだん自分が変わっていった」という。

 いったんシードはとったが、そのあとはシード権を落としたり、QTを受験したりと河井のゴルフ人生は山あり谷ありいばらの道だった。2度目のシード権を07年に落とし、QTにも失敗したときは「もうゴルフをやめてほかの仕事を探そうかとも思った」というところまで落ち込んだが、好きなゴルフはどうしてもやめられなかったそうだ。09年にシードを回復(賞金64位)、10年には42位でシードをキープ。3年目の2011年についに大魚をつかんだ。

 日本プロのタイトルでつかんだのは5年間の長期シード権。苦しい道を歩んできた河井にはその貴重さが身にしみた。3000万円の大金も得た。「もっと自分自身を強くして一流のプロルファーになりたい。“一流”とは精神的に強いプロです」―河井の人生は40歳にして大きく変わるかも知れない。

 

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