第86回日本プロゴルフ選手権大会

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第86回日本プロゴルフ選手権大会

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第83回(2015年)

A・ブランドが独走V! オーストラリア出身&レフティーが初の日本プロ王者に!

世界を渡り歩くA・ブランドが日本の公式戦を制す

世界を渡り歩くA・ブランドが日本の公式戦を制す

 

アダム・ブランド(32)が独走で初出場初優勝を果たした。2日目に首位を奪ったブランドは、3日目には2位に6打差の17アンダーまでスコアを伸ばす。最終日こそ1オーバー72としたが、追いかける選手も伸びず、通算16アンダー268で、2位の李尚熹(23)に3打差をつけた。オーストラリア出身選手として初めての優勝で、レフティーとしても初めての優勝になった。3位は68をマークした藤本佳則(25)、3日目2位の川村昌弘(21)は4位、岩田寛(34)は11位だった。昨年覇者の手嶋多一(46)は通算6オーバーの70位に終わった。

 

2015年の大会成績はコチラ>>

 

第1ラウンド

松山・石川世代の新人3人、(左から)皆本祐介、高田聖斗、成松亮介がツアーデビュー

松山・石川世代の新人3人、(左から)皆本祐介、高田聖斗、成松亮介がツアーデビュー

 

朝一番。7時10分スタートのトップ組で皆本祐介(24)がツアーデビューした。

「意外と緊張しませんでした」と、1番パー5(543ヤード)で7メートルのバーディーパットを沈めて、ツアー初バーディー。続く2番でも6メートルを沈めて、ツアープロとして「よーいドン」で連続バーディーの離れ業。「楽しかったですね。自信はありましたけど、連続バーディーですから」と、ニコニコした。

今大会には予選会10位で出場権を手にした。前半は狭いコースにも「刻まずにドライバーでいった」という。出入りの激しいゴルフで5バーディー、2ボギーの33で折り返した。あまりにいいスタートに「アドレナリンが出すぎたのかもしれません。後半になったら『そこまで行くの?』という感じで、球が飛びすぎちゃって」と、ショットが乱れて3ボギー。ツアープロ初日はイーブンパー71で終えた。「毎ショット、毎ショット、気持ち良かった」と、またニコニコ。

皆本のスタートダッシュをスコアボードで見た、同じく東北福祉大同期の高田聖斗(23)は「おっと思いました」という。

皆本の5組後にツアープロデビュー。驚きのイーグル発進することになる。「セカンドが残り230ヤード。3番ウッドでグリーンに直接乗せようと思ったら、キャディーに5番ウッドを勧められたんで、それで打ちました。転がって2メートルぐらいに2オンした」と振り返った。

それを決めて、ツアープロ最初のパットでイーグル奪取。「イーグルでちょっと満足しちゃいましたね。その後は、最近悩んでいるシャンクがでたりして」と、その後は一進一退で上がってみれば、皆本と同じイーブンパーだった。

新潟・上越市が本拠地。昨年のプロテストでトップ合格して、この大会の出場権を得た。

「テストが終わったら、すぐ雪になったんで、コースとかには行けずに、町中の練習場とか、関東にいる同級生のところへ行ったりとかしていました」という。待ちに待った「春」とツアーデビュー。

「みんなに見られていたり、写真を撮られたりすると緊張するんです。でもこれからは慣れないといけないですね」と話した。松山英樹と同期、石川遼とは小学生の時に意気投合し、互いの家を行ったり来たりしていたという。自分のゴルフについては「飛距離が出る方じゃないけど、あまり曲がらない。狙ったところに打っていくタイプです」という。「明日は予選通過を目指します」と意気込んだ。

午後スタートの成松は、先の2人にはPGA新人戦で勝っている。優勝して今大会の出場権を得た。

「緊張して、たぶん体が震えていたと思います」と、ツアーデビューを振り返った。インスタートでパーを3つ重ねたところで、プロ初のダブルボギーが先に来た。13番パー5で右の林にいれ、脱出に失敗するなど7をたたいた。初めてのバーディーは折り返した1番。1オーバー72で初日を終えて「ホッとしました」と笑顔を見せた。

この日は宮里優作、小平智との組み合わせ。「すごくいい組に入れていただいて。すごく締まったゴルフをしていました。無駄が少ない。勉強になりました」という。宮崎日大高から長崎国際大に進み、昨年プロテストに合格。

「ドライバーで飛ばして攻めるゴルフ」が目標。この日のドライビングディスタンスでは294ヤードと297ヤードで平均295.50ヤードを記録して2位だった。同年代には「気にならないことはない」と微妙な言い回しをしたが、宮崎でのダンロップフェニックスに松山のプレーを見に行ったこともあるという。やはり気になるようだ。

リーダーボード3人に近い将来の目標、その後の夢を聞いた。

皆本「まずシード権を取りたい。松山のように、海外でプレーしたい」

高田「QTで来年の出場権を取ること。マスターズには出てみたい」

成松「でられる試合は上位に行きたい。ずっとこの中にいられる選手になりたい」

“新たな一歩を公式戦で踏み出した。これから長いプロ人生が始まる。”

 

第2ラウンド

5年シードというパスポートが欲しい川村昌弘

5年シードというパスポートが欲しい川村昌弘

 

「ツアー」というのは「旅」。世界のツアーに挑戦し、旅を続けている選手が3位につけた。

川村昌弘は先週、モーリシャスで行われたアジアンツアーと欧州ツアーの共催試合「モーリシャスオープン」で5位に入った。今週の月曜日に帰国。そのまま、大会会場にきてこの大会に入った。「時差は5時間なのでそう辛くないんですけど、移動でモーリシャス~ドバイが7時間、ドバイ~日本が10時間。でも練習ラウンドは疲れていましたが、いまは大丈夫」。さすが、21歳の若さ。この日は、ボギーなしの5バーディーで66をマークして、通算7アンダーに浮上した。

「日本に帰ってくると、花粉症との戦いみたいになってくる。鼻水やくしゃみ。でもくしゃみぐらいある方が、ゴルフにのめり込まずに済んでいいのかもしれません」と笑う。4番でグリーンを外したが約15ヤードをサンドウエッジでチップインして波に乗った。10番では「15メートルぐらいあったので、寄ればいいと思って打った。歩き出したら、コロンって入りました」とロングパットが決まった。「ショットが不安なくやれています。パット数はそうよくない。今日みたいにいいパットが少し入れば、いいスコアになる」と、先週からの好調を、海を越えて持ち込んできた。

海外の方が「居心地がいい」という。英語は「雰囲気英語。グッドモーニング、サンキューでいいんです」と笑い「言葉がわからないから無駄な情報が入ってこない」という。ほとんど1人で動く際にも困ったことはない。「旅が好きで、そのためにゴルフをしているようなものです」と、今季はアジアンツアー5試合、タイのローカル1試合に出場した。去年は14カ国に行った。先週のモーリシャスで、ゴルフで訪れた国はこれまで22カ国になった。各国から集まる選手たちとも交流し「マサ」で通っている。

公式戦のこの大会に勝ちたい理由がある。「5年シードをもらえるのは大きい。もっと自由にいろいろなツアーに行ける。海外にはいろいろなコースがあるし、いろいろなツアーがあるので、行ってみたいんです」。首位に3打差。「元気にティーグラウンドに立てれば、ショットはそこそこいいので、あとはパットに注意したい」と、「優勝=旅」を思い描く。

「5年シード」の先輩が、同じく3位に浮上した。河井博大だ。

「きょうは、木に感謝します」と、68で回った2011年の覇者、河井が意味不明なことをいう。「実は、スコアだけ見ていると、調子よく回っているんだなって思うでしょうが、ショットの状態がよくなくて林に3回入れたんです。でも、全部、木の間が開いていて助かったんです」という。13番パー5で第2打を右の林に入れたが、前方が開いていて6メートルに乗せてバーディーになったのが「木への感謝」の始まり。18番で左の林に入れたが「たまたま、ピンを狙えるスペースが空いていた」とパーで収めた。折り返して8番では右林に入ったが「たまたま、2本の木の間が開いていた」とここもパーで切り抜けた。おまけもついた。最終9番では左の木越えを狙った第2打が「越えそうなところでザザザッて当たってしまったんですけど、フェアウエーのど真ん中に跳ね返ってきた」。木に感謝する気持ちがよくわかる。「とにかく、同伴の選手にも申し訳ないゴルフだった」と恐縮した。

5年シード権を獲得してから4年目のシーズン。「思い切ってやれている」という。「年来的に40歳になる時だったんで、大きかったと思います。肉体的にいってもご褒美だと思う」と、心身ともにゆとりを持ってツアーに臨めている。ただ、反省もある。「新しいことをあまりやれなかった。180度違う気持ちや発想でやったらと周りには言われているんですけど、そこまではできなかったですね」。ゆとりもあと1年。「木に救われたように、今の自分の状態では大きなことはいえない。でも、ここであと5年シード権を取れれば」。もっとやりたいことができると思っている。

公式戦ならではの「5年シード権」。選手にとっては欲しくてたまらない「権利」なのだろう。

 

第3ラウンド

レフティー、A・ブランドが異次元のゴルフで独走

レフティー、A・ブランドが異次元のゴルフで独走

 

世界を「旅」する2人が、日本の公式戦で頂上対決する。

最終18番、川村昌弘は1・5メートルのパーパットを外した、通算11アンダーに後退したが、上がってくるとあまり落胆していない。むしろサバサバしている。「かなり切れるライン。入っても入らなくても、明日だと思ったんで」と、すでに気持ちの切り替えが済んでいる様子だ。前日100点満点をつけたショットの好調さが支えになっている。「後半少しばたついたけど、ショットでスコアを作っている。修正点も少ないので」と、自信がある。

前半、5バーディー、1ボギーで4つスコアを伸ばしてブランドを追った。13番で「レイアップに失敗してピッチングで林に入れた」といい、14番では「2打目にシャンクした。ペキッていい音がしました。ボギーでよかったと思うぐらい2ホールはばたついた」と、振り返る。そこから巻き返した。15番では「完ぺきなセカンドが打てた。20度のユーティリティーでラフからフライヤーさせないように打てた」と3メートルにつけてバーディー。16番ではファン投票で選ばれたグリーン奥のエリアを「勇気を持って突っ込んだ」と、1メートルに付ける。17番では8メートルを沈めて3連続バーディーでナイスカムバック。18番のボギーを引きずらない状況をつくった。

世界中のツアーを回るのが夢。今のところ22カ国に行っている。多くの選手たちを見てきた。首位に立っているブランドとは、昨年のフィジーでの大会で1度回ったことがある。「すごい風の中で1人だけ60台で回ってきて、自分と1日で10打ぐらい負けたことがある」という。「米国の下部ツアーでやっていたので、彼はうまい。差があるし彼が落ちてくるとは思えない。自分が伸ばせばいいんです。いっぱい伸ばしてプレッシャーをかけたい」。一度、相手のプレーを体感しているのは、気持ちの上でも強みになる。

ブランドも、世界のツアーを渡り歩いてきた。オーストラリア出身で、2005年にプロ転向し、その年のウエスタンオーストラリアンPGA選手権を制している。カナダツアーでは2勝している。米ツアーの下部ツアーでも戦ってきた。13年から日本ツアーにも参戦し、昨年、賞金ランク38位で日本ツアーのシード権を獲得した。今季、オーストラリアンツアーでも3試合出場している。「将来は米ツアーで戦いたい」というのが目標だ。

この日同組だった野仲茂が苦笑いする。「自分も3つ伸ばしたんですけど、ブランドのマーカーをやっていたんで、伸ばした気がしない。(バーディーラッシュに)僕とKT(ゴン)もずっと笑っていて、先生と生徒みたいな感じだった」と話した。13番までに8バーディーを奪った。「今季初戦(東建ホームメイトカップ=予選落ち)でパットが悪かったので、ここ2週間、コーチと一緒にパットを重点的に練習してきた」という成果が、この大会で出ている。4番ではグリーン左のマウンドの上のラフから絶妙のアプローチが直接入るチップインバーディーなど、野仲が言う通り「やることなすことうまくいく」状態だった。

レフティーというのも3日間、有利に働いている。コースは右ドッグレッグのホールが多いため、左利きでドローヒッターのブランドにとってはイメージしやすい。「そのおかげでフェアウエーをとらえられていると思う」と振り返った。

日本プロでは歴代、オーストラリア出身選手とレフティーの優勝者はいない。その両方の「最初」になるチャンスがきた。「光栄なことだが自分にプレッシャーをかけすぎないようにプレーしたい」と最終日に向けて話した。日本プロの最少スコアは2008年片山晋呉の通算23アンダー。更新の可能性もある。「20アンダー以上を目指したい。前半で2アンダーにできれば、後ろから追い上げにくくなるのでは」ともくろむ。

6打差と距離はあるが、何があるかわからない。倉本昌弘PGA会長は最終日について話した。「普通に行けば彼(ブランド)が勝つのでしょう。でも、右利きの選手が12アンダーぐらいになるような3日間のピンの位置で、彼が17アンダーになったと思う。最終日は下から追い上げられる、逃げ切るにも頭を使う、そんなピンの位置にしたい」。

さて、そんな舞台が用意され、どんな戦いになるか。

 

最終ラウンド

メンタル強化が奏功し、A・ブランドが逃げ切りで初優勝

メンタル強化が奏功し、A・ブランドが逃げ切りで初優勝

 

結果的には3打差だったが、中身はブランドの圧勝。オーストラリア選手、レフティーという初のつく王者の誕生だった。

追いかける側にとっては歯がゆい一日になった。2位以下に6打差以上がつてスタートした最終日。「誰かが飛び出して、追いかけてくれないだろうか」。開幕して2戦連続で外国人選手にタイトルを奪われている日本ツアー。しかも「プロ日本一」を決める日本最古の公式戦。ギャラリーも、関係者も、そう思っていたところへ、最終組の4組前、9打差の小平智が1番で奥のカラーから放り込むイーグル発進。2番もとって追撃態勢になった。6、7番連続バーディーで一時は13アンダーにスコアを伸ばす。2013年に金亨成が松山英樹を逆転したのが日本プロ史上最大差の9打差。現実味のある数字だったが、8番ボギー後、9番パー5で3パットして「いい流れでしたけど流れが悪くなってしまった」と、最後は23位に沈んだ。

最終組には、6打差の岩田と川村。1番、岩田は左のバンカーからの第3打を1メートルに寄せてバーディー。川村は右の林に入れたが、うまくリカバリーして1メートルにつけるバーディー。ブランドは左の林に打ち込みやっとのパー発進と、まず5打差に縮まった。ブランドは「前半は緊張して左に行ってしまった」と振り返るように、3日目までとは違って、ショットが不安定だった。「ブランドは隙だらけだった」と岩田が悔しがったように、ブランドは3番までパーオンできず拾うゴルフ。4番ではフェアウエーからグリーン左に外すボギーと、追いかける側には「付け入る隙」があった。

ところが、3日目まで「ショットは100%」と言っていた川村は「1番で林に入れて、自分の調子が悪い時のパターンになった。7番からの3連続ボギーにして開き直ってからゴルフを切り替えても遅い」と、インに入って3バーディーを奪ったものの、反省が口をついた。岩田は5番で1メートルにつけるバーディーを奪って13アンダーにしたが、ブランドも第2打を50センチにつけてバーディーとして17アンダーに戻すとともに「4番までストレスがたまっていたが落ち着いた」と、自分も取り戻した。

岩田が罠にはまったのが330ヤードの7番。ティーグラウンドが前に出て、1オンを狙う選手が多く、2組待っていた。「6番が終わって、いけそうな気がしたところで、20分ぐらい待たされた。待ち方をどうすればよかったのか。そのホールのことを考えていたけど、別のことに集中したほうがよかったのか。反省して次に生かしたい。いろいろな人に(待ち方を)聞いてみたい」と振り返る。1オンを狙ったが、左へOB。なんとかボギーに収めたが、ブランドはここで突き放した。同じく1オンを狙ってグリーン手前の右ラフに打ち、1メートルに寄せてバーディーにした。考えを巡らせていた岩田と違い、ブランドはティーショットを待つ間にボールとクラブで遊んでいた。「暇つぶしです。待たされるのはよくないが、いつも遊んでいて影響はありませんでした」。2005年のウエスタンオーストラリアンPGA選手権以来、大きな大会に勝てずにいたが、カナダや米国はじめ世界各国のツアーで戦う経験が生きる。

ブランドはその後もスタート時の17アンダー周りを行ったり来たりする。追いかける選手は13アンダーまでは行くが、そのあとでつまずく。藤本佳則は16番で1メートルに付けるバーディーを奪って13アンダーとしたが、最終18番で第1打を左に大きく曲げてボギーをたたく。最終18番でバーディーを奪って13アンダーとした李尚熹もすでに遅きに失した。

ブランドが優勝を確信したのは18番だったという。「もうダブルボギーを打っても勝てると思った」。すでに15番あたりから笑顔が出ていたのは、追いかける選手のプレッシャーから解放されたことをわかっていたからだろう。初出場で初優勝は、1973年ツアー制度施行後は4人目。「今までの苦労が報われた」と話した。ここ数年は「メンタル面で悩んだ。プレーするのが嫌だったこともあった」という。スポーツサイコロジストにも相談するなど、メンタル面を強化してきた。「この大会は5フィートから10フィート(約1・5~3メートル)のパットが入った。以前は入らなかったパットだった」と、苦しみを乗り越えた。

今後は「当分は日本ツアーでプレーしたい。日本のコースは私に合っていると思う。日本食も好き。寿司が一番好き」。将来は米ツアー参戦が目標なので、日本から米ツアーを目指す形になりそうだ。2人の子供がいるので「日本とオーストラリアは近いからいい」とも。家族に優勝の報告のメールを送ったが「届いただろうか」と、ちょっと心配そうだった。

 

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