2017年度PGA資格認定プロテスト 最終プロテスト

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2017年度PGA資格認定プロテスト 最終プロテスト

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2014年

高田聖斗、鍋谷太一ら56名がプロテスト合格!!

長く苦しい4日間でしたが、嬉しさいっぱい!

長く苦しい4日間でしたが、嬉しさいっぱい!

 

 広島カンツリー倶楽部八本松コースで行われた2014年度の「PGA資格認定プロテスト最終プロテスト」。最終日はトップスタートと同時に雷雲が接近、2時間25分の中断もあったが、72ホールが無事に終了し、293ストローク、5オーバー47位タイまで56名の選手が合格した。トップ通過は、高田聖斗(23歳・フリー)。通算14アンダーで来年の日本プロ出場権を獲得した。

 

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第1ラウンド

201401
 今年の最終プロテスト出場者は161名と、過去最多。プロテストオープン化元年ということも影響し、プレ予選からの進出者も22名と最多。プロゴルファー「PGAトーナメントプレーヤー」というタイトルを狙い、実力者が広島の地に集まった。朝7時。トップスタート選手の緊張感が、静けさと重なり、息をのむような雰囲気になる。その息苦しさを振り払うように、受験生たちは、意を決したような形相で、スタートのティグランドにやってくる。それから放つ1打が、新しい扉を開ける第一歩となる。新しい人生を左右する一打一打。通常の試合とは、違った空気感でいっぱいだった。

初日、広島・西条の天気は変わりやすい。朝の涼しさから一転、ジワリと気温があがり、晴れ間が広がった。緊張感と、その厳しい暑さと湿度の一日が続いた。高い木々が作り出す陰だけが、唯一の清涼を与えてくれる場所だ。選手は流れ出す汗を必死にぬぐいながらプレーに励んでいた。その暑さすら、感覚がなくなっているような集中力が充満していた。

 初日首位に踊り出たのは、2002年日本アマ、2009年日本ミッドアマを制覇している藤田大。この日は1イーグル、5バーディ、1ボギーの66をマーク。圧巻のプレー内容で、早々に貯金を作った。

 「今日は無理せずゆっくり回ろうと心掛けていたことが良かった です。前半の連続3バーディのあとは、5番のパー3を左に引っ掛けてボギー。それでも、焦らず、ゆっくりと心掛けて挑めたのがよかったです」。7月に行われた2次プロテストの千葉夷隅会場では、唯一3日間60台をマークし、実力の差を知らしめた形だ。プロテストの難しさは、理解しているだろう。「無理せずゆっくり。ショットの精度もまだ完全ではないですけれど、内容は良かったのかなと思います。15番パー4のイーグルは、セカンドの残り距離が好きな距離(75~80ヤード)なので、SWもしっかりと距離が出て、ラッキーなイーグルでした」。目標は50位タイ以内で、もちろんプロテストに合格することだが、72ホールの中で、いかに自分のゴルフに徹しきれるかを念頭に戦いたいと語っていた。

 1打差の2位には、東北福祉大ゴルフ部出身の2名が並んだ。岡部大将と高田聖斗は今年3月に大学を卒業したばかりで、松山英樹とは同級生だ。大学卒業後は、ゴルフ人生を築くためそれぞれの道を選んでいた。岡部は卒業後、茨城の名門、大利根GCで研修活動を積んでいる。所属プロの中根初男プロにアドバイスを頂いたり、専属にレッスンを受けたりと、ゴルフの腕を磨いてきた。一方、高田は、実家のある新潟のゴルフ場に一度は就職したが、しっかりと練習を積める環境を望み、1ヶ月半で離職。初挑戦となるプロテストにすべてをかけている。「心配をかけている家族にも、プロテスト合格という吉報を伝えて、喜んでもらいたいという気持ちだけです」。ゴルフという生涯スポーツを選び、プロという道を目指している2人。いつか、同級生の松山プロと戦えるチャンスをつかんでもらいたい。

 72ホールの最終プロテスト。ようやくその第一章の18ホールを終えたばかりである。戦いは、まだまだこれからだ。

第2ラウンド

201402
 プロテスト2日目。前夜から広島は低気圧の影響で各地で豪雨が猛威を振るっていた。幸いにもこの周辺は雨雲が回避していていたけれど、とても蒸し暑い1日だった。初日に出したスコアに安堵する受験生、後悔が消し去れない受験生など、さまざまな表情が入り混じるスタート風景だった。そのスコアによって、2日目をどういうプレーをしていくのか、全選手がそれぞれの熱い想いがあった。早朝、時間をかけてストレッチをし、ショットやパッティングの練習に集中することで、不安を払しょくしようとする受験生たち。とにかく前を向こうという希望だけを頼りに、第2ラウンドに挑んでいった。

 一年に一度のプロテスト挑戦は、誰もが最後まで諦めることのできない戦いである。

 合格ラインは最終成績の50位タイまで。初日の首位、藤田大が6アンダー。51位が、1オーバーで21人。これが目安だ。2日目にトップに立ったのは、首位スタートの藤田大。5バーディ1ボギーの4アンダーでスコアを伸ばし、トータル10アンダーは唯一の2桁アンダーと安定した強さを見せた。スタートホール(10番パー4)では、グリーン回りのラフから6メートルの距離を見事チップイン。本人曰くラッキーだったというバーディ発進で、その後もバーディを重ねることができた。それでもバーディを獲ろうという気持ちで挑んではいない。「このコースはボギーが出ると続いてしまうので、どうやってボギーをしないかを戦略にしないと。ノーボギーが目標。今日はパー5でもパー3でもバーディは獲れていないのが我慢していることを証明していますよね。我慢を続けて、チャンスがきたら、しっかりものにしたということでした。結果がついてきたので、ほっとしています」と藤田。得意とするショートゲームで、チャンスをものにした。日本アマ歴代チャンピオンとして、安定した実力を発揮した。それでも「明日は明日。しっかりと気持ちを切り替えて、ひとつづつ駒を進めます」と、落ち着いた表情で、あと2日、自分のゴルフを信じて挑む。

 この日ベストスコアの66をマークし、通算9アンダーの2位タイに浮上してきたのは三木龍馬。そして67・68の岡部大将。さらに同伴競技者の高田聖斗が、67・69の8アンダーで続く。「ゴルフ部時代(駒沢大学)には、今回上位者の岡部(大将)選手とは学生のマッチプレーなどで一緒に戦ったライバルでした。岡部選手も高田選手も、東北福祉大のゴルフ部としてかなりの実力者ですし、こういう舞台でまた戦えることは嬉しいですね」と、同世代の学生時代の思い出もよみがえる。三木は、大学を卒業後、ゴルフで新しい技術を得ようとレッスンプロの元へ。昨年冬に出会った最先端のゴルフ理論が、それまで三木の信じていたゴルフ論を覆したのだった。「ショットがゴルフの基本だと思っていました。新しいゴルフ理論は、アプローチとパッティングにゴルフの真があるという考え方を知り、自分のゴルフが変わりました。こうやって、結果が求められる場所で、スコアメイクができているので、嬉しいですね。自分の技術を信じて、飛距離を信じて、あと2日間、しっかりとトップ通過目指してやるだけです」と目標を設定した。三木はこの2日間、「失敗したアプローチは無かった。パーオンが9回なのに66が出たのは、ゴルフ人生初めてのことで嬉しいです。上を目指していけそうです」と、この調子を保っていきたいところ。三木はトップ通過して、来年の日本プロ出場権を狙う理由がある。その理由は、実現したら語ってくれると約束した。

 通算7アンダーで5位の眞田雅彦は、このラウンドを3バーディ・ノーボギーとし、着実に順位を上げてきた。今回、オープン化となった受験資格のプレ予選から進出してきた選手の1人で、高校ゴルフ選手権を優勝したジュニア時代の実力者だ。早稲田大学のゴルフ部を卒業し、プロテストは3度目の挑戦となる。2年前のファイナルクオリファイ(QT)で最終まで進出し、チャレンジツアーでプロと戦う経験も持ち合わせる。しかし、去年のQTでサード落ち。「PGAライセンスをとって、新たにプロとして戦いの場に挑戦をしたい」という強い思いで、今回の最終までやってきた。「僕のゴルフスタイルは、ボギーをしないで、とにかく堅実にスコアを重ねること。この2日間で1つボギーはしましたが、コース攻略はできているので、きっちり自分のゴルフを守ることだけです」と、3度目の正直で、プロライセンスを獲得したい。

 首位の藤田が10アンダー。51位タイが3オーバーで17人。この枠の中にいる受験者は、それを必死にキープしようと思い、その枠の中に満たない受験者たちは、必死に挽回しようともがく。3日目は、その50位タイのスコアから10オーバーまでしか生き残れずにコースを去ることになる。

 あと2日の36ホール。それぞれが強い気持ちを持って、50位タイという合格ラインに食い込もうという熱気が、蒸し暑い夏の1日を、さらに暑くしていた。

第3ラウンド

201403
 重圧、緊張、後悔、焦燥、粘着、煩悩、逸機、繊細、大胆、勇気、自信、期待、希望、飛躍……。言葉をいくら積み重ねても、きっと受験生の心情は表現できないかも知れない。1打ごとに揺れ動く心情のなにを頼りにボールを放つか……。過酷な最終プロテストは、3ラウンドを終了した。あと18ホール。それで運命が、決まる。

 10アンダーの首位でスタートした藤田大は、この日も2つのばして12アンダーで首位をキープした。通常のトーナメントならば、追い上げてくる選手を意識しながらのプレーとなるだろう。でも、最終プロテストは、50位以内に入っていれば合格となる。そんな立場で藤田は、どんな気持ちでプレーを続けていたのだろう。

 「うーん。ともかく今日はパッティングが、入りませんでした。ほとんどのバーディチャンスを逃しましたから。でも、まずはノーボギーで回ることだけ考えていました。強いて言えば、中庸ですね。攻めすぎず、守りすぎず。自分から無駄なことをやらないっていう気持ちです」と藤田は、言った。

 よく、弓の弦に例えられる中庸……それは張りつめ過ぎてもいけない。弛み過ぎてもいけない。ほどよく、中庸のうちにあって、心穏やかなわずかの間合い。戦いの緩急の、その狭間に生まれる一瞬の間合いが、明敏な1打、そして1打を積み重ねるわけである。

 そんな藤田と同じ組の1人、岡部大将は「いやー、藤田さんはほんとに上手です。勉強になります」と言いながらも、必死に藤田とのストローク差を広げないようにしていた。

 「ノーボギーで回ろう」というのは、岡部のスタート前の決意だった。「疲れました。特に、後半パターが入らなくて、それでもなんとかスコアをまとめようとしていましたから、ホントに、疲れました」。3日目、70で通算11アンダー。藤田とは1打差である。上位50位タイ以内が合格となるは、上位にいる選手たちの、もうひとつの目標は「トップ合格して来年の日本プロの出場権を獲得すること」なのである。

 「ここに来る前から、そこに目標設定していましたから、諦めていませんよ」と岡部は言う。

 岡部大将といえば、東北福祉大時代は、松山英樹と同期で、松山の帯同キャディとして大活躍していた。マスターズで松山がローアマを獲得したときも帯同キャディだった。

 「ほんとに、いいものを見せてもらいましたし、いい経験をしました。世界のメジャーの雰囲気をキャディとして、つまり選手と同じ位置、同じ心境で体験できたわけですからね。コースセッティング。その難しいコースをどう攻めるかというマネージメントも、英樹と一体となって、体験できたわけですから、それは、いまの自分にゴルフにも糧となっています」

 大学を卒業したらプロテストを受験するという目標だった。所属は大利根CC。「そこで、先輩プロの方々からいろんな技を教わって、僕のゴルフも少しは、レベルアップしたと思っています」という岡部は、実は、ショートゲームとパッティングが「嫌い」だった。でも、それが改善できて「バランスがようやくとれました(笑い)」と語った。

 藤田と岡部を追っているのが、高田聖斗と眞田雅彦である。通算9アンダー。さらに通算7アンダーの5位で、三木龍馬。そして通算6アンダーにはB.K.ソバハニと高橋慶佑がいる。

 ソバハニは、香川県高松で生まれ育った。父がアメリカ出身。母が、イラン出身。英語と讃岐弁を流暢に話す。「日本で生まれて、小さい頃から日本で生活しています。日本が大好きです。ぜひ、このチャンスをいかして、憧れのプロゴルファーになりたい。そして、日本に恩返しをしたい。最終日ですか? このいい位置をキープして、ひとつプロになる夢をかなえようと思います」と語った。

 この日69。「昨日より落ち着いてプレーできました。昨日は2イーグル、2バーディ、2ボギー、2ダブルボギーのイーブンパー…ホントウに波乱の内容で、メンタルが疲れましたから。今日は落ち着いた内容です。3バーディノーボギーで、少しスコアを伸ばせました。3、4つバーディチャンスがありましたから、その分は明日にとっておきます。前半は、3メートル前後の距離が決めきれなかったので、もどかしかったです。振り返ると、パーセーブがうまくいった日です」と、やはり合格だけでなく、上位を目指している。

 6月19日に18歳になったばかりの今回、最終プロテストの最年少受験者となったのが、鍋谷太一である。この日、66と一気にスコアを伸ばして、通算3アンダー。11位タイ。そこには、阿部祐樹、阿部大輔がいる。10位には伊藤勇気。

 「2日間、決め所のパットが全然入ってくれなかったんです。重圧でしょうね。で、今日は思い切り行こうって心に決めたんです。悔いのないように。2番で60センチ、5番で3メートル弱が入ってくれて流れに乗れました」。

 実は、鍋谷はプレ予選から這い上がってきた受験者だ。一昨年、16歳のときに初めてQTに挑戦しサードで落ちた。昨年は関西ジュニア優勝で日本オープンにも出場した。

 「1打、足りなかったんです。そのときずいぶん落ち込んだんですけど、その経験が、いま生かされていると思います」。プレ予選からの受験は、大変だったのか、と質問すると「いや、僕にとっては良かったです。いろんなコースで戦えるし、試合勘もどんどん養われるし、ここまで這い上がってこれたという自信にも繋がりましたからね」。

 圧巻は、12番、パー5のイーグルだ。残りピンまで208ヤードを6番アイアンで放ち1メートルにつけてのイーグルである。父親の鍋谷忠治さんは、ティーチングプロ。大阪の東住吉区で「ゴルフフィールド」の練習場を経営。「最初はマナーから教わりました」と父親に感謝の言葉を表している。

 3ラウンドを終えて、合格ラインの50位タイは、通算4オーバー(49位タイで9名)がひしめいている。そして1打差の5オーバーに6名。さらに2打差の6オーバーには9名と、1打1打で、順位が大きく入れ替わる可能性が大きい。トップ合格もさることながら、50位タイ以内に食い込む熾烈な戦いは、まさに天国と地獄のタイトロープとなる。

最終ラウンド

201404
 ため息が、あちこちから聴こえる。全組のちょうど半分ほどの選手がホールアウトしてくると、悔恨の表情と喜びの表情が、入り交じる。そのため息や悔し顔を見ているだけでも痛々しい。少なくとも、この1年間、いやプロゴルファーを目指して費やしてきた歳月。その気持ちがこもっているからだ。これから合格の成否が読めるまでの時間は、とてつもなく長い1~2時間であろう。この最終プロテストまでやってくる道のりは、一人ひとりさまざまである。誰もが順風満帆でここにやってきてるわけではない。そんな受験者たちの背景を垣間見ると、なおさら、全員が合格してもらいたいという気持ちにもなる。

 3日目を終えて4オーバー、49位タイが、9人。5オーバー、58位タイが、6人。そして6オーバー、64位タイが9人。合格の成否を示すラインである。最終日の成績次第で、一気に順位が入れ替わってしまう残酷なポジションだ。それでも、結果がすべてのスポーツの世界。誰かが生き残って、誰かが去っていく宿命である。

 川田悠之(23歳)もそのひとりだった。3日目を終えて6オーバー。64位タイ。半分、諦めかけていた。「ともかく3日間、ドライバーがフェアウエイを捉えてくれなかったんです。必死に1アンダー、1アンダーと前半に獲れても、後半にボギーの連発でスコアがまとまりませんでした」。昨日の夜、川田は、(四国・香川西高)2年先輩で慕っているプロ、片岡大育に電話した。「ちょっと無理かもです」というと「まだ諦めるのは早いぞ。残り18ホールあるんだ。初日のつもりで思い切ってやってこい」と励まされた。圏外だと思っていた自分を切り替えた。1番でいきなりバーディ。4番、8番、15番、そして難しい17番とバーディ。ボギーは、7番、18番だった。「もし合格したら、(先輩に)泣きながら電話します」と半分、震える声で話していた。

 合格ラインの50位タイ。3日目まで4オーバーの9人のうち、角田博満が2アンダーで回って、26位タイで通過。そして、渡邊康(39位タイ)、森本英明(47位タイ)、加藤龍太郎(39位タイ)が合格した。さらに川田よりも2打多い8オーバーだった林稔も、69と猛追し、通算5オーバーとし、ギリギリ47位タイで合格した。

 クラブハウス前のキャディバッグ置き場周辺は、携帯電話で通話している受験者でいっぱいだ。悲喜こもごもである。ちょうど半分ほどの選手がホールアウトして、しばらくすると「62だって!」と騒がしい声がした。「ウッソ!」「マジ?」と口々に言う。事実だった。18歳の鍋谷太一である。10バーディ、ノーボギー。32・30の62。25パット。「ともかく(3日目終えて)トップとの差が、(8打差と)開いていたので、スタート前に1つでも順位を上に行こうという気持ちでいました。アウトでいい流れができれば、インが好きなのでいけるかなと……。その通りになりました」。清々しい顔で、しかもしっかりとした口調は、気持ちいい。得意クラブは、パター。そしてクリーク(260~270ヤード)だという。「でも課題は、ショートゲーム。好きですけど、得意というところまではいかないんです。もっともっと磨きたいです」と言った。この大会中、車の送迎など面倒を見てくれた「父親(忠治さん)に(これまでの)恩返しができました」。恐るべし18歳のプロゴルファーの誕生だ。

 一気に、鍋谷が通算13アンダーでトップに浮上した。鍋谷が最終組の2つ前。残り2組のホールアウトを待つばかりである。その時間帯になると、重たいキャディバッグを担いでコースを去っていく受験者が多くなる。残りの選手のスコアを計算しても、合格ラインに届かないと判断した選手たちだ。その鍋谷と同じ組に伊藤勇気、阿部裕樹がいた。阿部は通算3アンダーで10位タイ。そして伊藤も同じく3アンダーで合格した。

 神童と呼ばれた伊藤は、6年間のスランプを経験していた。「長かったですね、ホントに。いちばん辛かったのが、その間の4年。ゴルフを辞めようかとも思ったことがありますが、やめなくてよかったです。振り返れば、何も考えずに(ゴルフが)上手く行っていたときよりも、いまのほうが、ミスしたりピンチになったときの対処が、少しは上手くなっていると思います。昔は、暗い性格で(笑い)、ちょっと捻くれていたところがあったと思いますが、スランプの経験して、他人に対しても優しく接することができるようになったと思います。いい意味で、悩んでいた時期があってよかったとも思います」。休憩中に仲間と談笑している風景があった。すると後輩が、伊藤をほんとうに慕って話しかけるシーンが多かった。「ツアーの第一線で戦える選手になりたいです。感動を与えられるような存在になりたいです」。彼もまた大いに期待したい選手だ。

 東北福祉大時代は、どうしても「松山英樹のキャディ岡部大将」という肩書がついていた。今年、卒業してプロを目指して、大利根CCに入った。「ほんとに、大利根CCでお世話になってよかったと思います。メンバーの方々もよくしてくれますし、先輩プロ、そして支配人も、ともかく感謝です」と言った。だから、合格が決まってすぐに電話したのは、大利根CCの新井支配人だった。兄は、岡部大輔でPGAの会員である。大将は、姉兄の末っ子である。岡部は、熊本東海大二高を卒業して東北福祉大へ入学した。「僕に足りないものは、勝負勘(感)だと思います。今日の最終日も、伸ばしきれなかった。それをこれからつかんでいかないとダメですね。実は、トップ合格を狙っていたんですけど、それは残念です!」。目標は、もちろんトーナメントで活躍することだけれど「誰にでも好かれるプロになりたい」と言った。今日からは、松山英樹の岡部大将ではなく、プロゴルファー・岡部大将になる。

 最終組がホールアウトしてきた。雷雨のために2時間25分遅れてのスタートで、すでに6時10分になっていた。太陽が西に傾きはじめていた。最終組のひとり、眞田雅彦が通算10アンダーで、高橋慶祐と並んで4位タイ。東京・立川の練習場に父親が勤務していて、10歳のときにゴルフを始めた。いわば遊び場が練習場だった。埼玉栄高から早稲田大へ進学した。得意なのは100~120ヤードのショートゲーム、そしてパター。「早く試合に出れるようになりたい。活躍したい」と、きっぱりと言った。

 そして3日目まで首位にいた藤田大(36歳)がこの日、71の通算13アンダーで2位タイ。トップ合格は、高田聖斗の14アンダーだった。

 高田は、アウト36のあと後半のインで、なんと31。後半だけで1ボギー、6バーディという爆発力を見せた。東北福祉大出身で松山英樹とは同期だ。「でも、僕はあまり練習もしなかったし、レギュラーではなく準レギュラー選手だったんですよ(笑い)」。卒業後、地元・新潟のコースに勤務したものの練習時間がなくてすぐにやめてしまった。「プロゴルファーを目指そうと思ったからです。仕事やめたら時間がたっぷりありますから、練習するしかない環境(笑い)で、かなり集中してやりました」と言う高田は、ある意味大物の素質を持っているのかもしれない。趣味は、ダーツ。それも大会に出場するほどの腕前である。「ゴルフに通じるものがあるんです」。トップ合格のあと、車で10時間かけて自宅に戻り、翌日は、そのダーツの大会に出場するという。

 293ストローク、5オーバー。47位タイまでの56名。新しくPGA会員となり、プロゴルファーとしてスタートする。そのプロフェッショナルとしての資質、技量、立ち振舞いを、これからしっかりと磨いて欲しい。おめでとう! そして、グッドラック!
 

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