2017年度PGA資格認定プロテスト 最終プロテスト

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2017年度PGA資格認定プロテスト 最終プロテスト

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2015年

時松隆光、中井学ら5オーバーまでの55名が合格!

長かった4日間。全員で“祝”ガッツポーズ

長かった4日間。全員で“祝”ガッツポーズ

 

 2015年度の「PGA資格認定プロテスト 最終プロテスト」は北海道・登別カントリー倶楽部で行われ、2度にわたるサスペンデッドと、長い4日間となった。プトップ通過を果たしたのは、通算8アンダーとした時松隆光(21・筑紫ケ丘GC)。1打差2位タイには中井学(43・フリー)と伊藤誠道(20・フリー)の2名。合格ラインは通算5オーバー。293ストローク49位タイまでの55名がプロテスト合格となった。

 

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第1ラウンド

201501
 さまざまな道のりから、ようやく最終プロテストまで辿り着いた受験者(選手)たち。この受験が初めてという選手から、中には、今回で9回目という選手もいる。クラブハウスの外側で、隠れるように見に来ていたお母さんがいた。

 「ずっと北海道から千葉のゴルフ場にいて、なかなか会えないし、帰ってこないし……。これで7回目の受験なんですよ。もう諦めたらと言ったら、まだ夢を追いたいというので……」と心配そうに様子を伺っていた。テストは、ついて回れない。ただ送り出した後、帰ってくるのを待つしかないのだ。

 2015年の最終プロテストの受験者で目立ったのは、若い選手ばかりでなく、40歳以上の受験者がいつになく多い気がした。151名中、13名。その中でプレ予選から這い上がってきた選手が3名。プロコーチをしている中井学(43歳)。そして54歳、最年長受験者の小田教久(こだ・のりひさ)。寺西明(49歳)である。

 「夢を追いたいんですよ、この年になっても……」と小田は語り始めた。小田は、異色な経歴の持ち主である。出身地が、南米のパラグアイ。いまでも実家は、南米にある。そして、アメリカで38年間暮らしていた。そこでカリフォルニア・ロサンゼルス郊外にあるマリブCC(東京レジャー開発経営)の支配人として13年間勤務している。「実は、子供が生まれて、義理の両親にとっては、唯一の初孫で、どうしてもその親孝行も兼ねて日本にやってきたんです。嫁の実家が日本なもので……」と言った。現在は、カバヤ本社の東京レジャー開発の役員をしている。

 「こうしてゴルフができることに、まず感謝しています。今回も、自分の子供といってもおかしくない年齢の選手たちと一緒に戦えているんですよ。凄いことだと思います。それにも、感謝です。20~50ヤード、置いて行かれるんですけど、自分のゴルフが最大限発揮できればと思っています」という小田は、第1ラウンドで、1アンダー。12位タイというスタートだ。前半で2バーディ、2ボギーで36。後半、14番でバーディ。「このバーディは、神様のプレゼントだと思っています! 20メートルが入ったんですよ。思わずガッツポーズ出ちゃいました」と嬉しそうに語った。「あとは、体ですね。腰痛が出始めていますから、温泉(登別)に浸かってケアします」。今回が、4回目の挑戦。片山津(2012年)では2ストローク足りずに合格を逃した。54歳の挑戦! あと3日間を注目したい。

 4アンダー、68で首位に立った選手が、2人いる。高橋直也と時松隆光である。高橋は、30歳。「今回で、9回目の挑戦です。21歳で初受験してから、ずっと挑戦しています。一昨年は、2打足りず。昨年は1打足りず……。今年こそ、と思っています」。ゴルフを始めたのも、いまの時代で言えば、遅かった。高校2年のとき、父親の影響でゴルフを始めたという。ゴルフ部にいたわけでもない。喜連川、そして太平洋クラブ益子コースで研修生として6年間いて努力を重ねた。インスタートで、いきなりバーディ。そしてボギー、バーディ、バーディ。15番でボギーの1アンダー。これで平静に戻ったのか、6ホール、パーが続いた。アウトに入って、4、5番でバーディ。そして8番ボギーのあと、最終9番ホールで、イーグルだ! 「嬉しかったです」と素直に喜ぶ表情に、これまでの苦労が浮かび上がっていた。「まだ18ホール。あと54ホールありますから、きっちりとやりたい」と身を引き締めていた。

 同じく4アンダーの時松隆光は、アマチュア時代に時松源蔵という名前(本名)で活躍していた選手である。ベースボールグリップでスイングすることでも有名になった選手だが、QTからツアー参加していたけれど、なかなかシードを獲れないでいた。「もう一度始めから、しっかりとやり直したい。やはりPGAのメンバーになりたいです」という気持ちでの挑戦だ。「芥屋のKBCオーガスタに出させて貰って、1打足りずに予選落ちして、すぐに登別にやってきました。昨日1日練習ラウンドがしっかりと出来ました」。この日、ノーボギー、4バーディ。3番、バーディの後の4番で、ラフから20ヤードのアプローチが入ってのバーディが値千金だったという。

 「芥屋で、ラフからの上げるアプローチがうまく行っていなかったんです。それで転がしを入れたアプローチがうまく行きました」。アイアンショットが冴えていた。時松にとっては、初めてのプロテストだが、21歳でも試合経験は豊富である。「実は、来週(9月7日)22歳になるんですよ。スカイメイトが使えなくなるんです」と、深刻な顔をしていた。時松隆光という名前は、字画数がよくないからとアドバイスされて変えたという。

 「でも、みんな源蔵のほうが馴染みがあるらしく、兄弟が出てるの? とか、冷やかされるんです。JGTOの規定で、5年間は変更できないと言われているので、あと1年過ぎたら、元に戻そうと思っています」と語る。

 参加151名。誰もがそれぞれのゴルフ人生を辿り、この難関突破を目指している。その第1章が終わった。起承転結の行方は、151人のドラマが織りなしている。

第2ラウンド

201502
 滝のように降り注ぐ雨。あたり一面に霧が立ち込めて、視界がない。プロテスト第2ラウンドが始まった早朝は、まだ明るさもあり、雨脚もなんとか耐えられた。ところが、時間が経つに連れて、雨の激しさが増した。8時17分。ついに一時中断が報された。そして8時45分に再開。さらに9時10分に、再び一時中断。

 選手たちは、複雑な心境を隠せない。通常のトーナメントならば、中断しても、一生を左右することがない。短縮されようが、どうなろうが、その試合での順位だけに影響するからだ。でも、プロテストは違う。プレ予選からずっと這い上がってきた選手。予選会をいくつか勝ち抜いて、まさにサバイバルの戦いをかいくぐってやってきた最終プロテストなのだ。しかも、1年に1度のチャンスしかない。

 頭では、この豪雨にもにた激しい雨と霧では、プレー不可能という判断が、誰にでもわかる。でも、気持ちが、心では、早く前に進みたいのだ。72ホールで合否が決まる。まだ半分もこなせていない。だから、コースに出て、ボールを打ちたい。ホールを進みたいという気持ちが、現実と対照的にぶつかり合う。

 待ちの時間ばかりが、過ぎていく。この先、どうなるのか。その行方をクラブハウスで待機しているしかない。所在なげに、シャドウスイングをする選手。親族や友達に電話やメールをする選手。ストレッチングをする選手。ハウスから、どうしても頻繁に外へ出て、雨の様子を伺う選手。時間が経てば経つほど、その苛立ちとやるせない気持ちが増してくる。

 競技委員も大変だ。なにせゴルフ人生を決めるプロテストだから、なんとか選手たちにいい方向、状態でプレーさせてあげたい。天気レーダーやコースとの折衝、時間との戦いなど、走り回る。

 最終的にアナウンスされ、選手たちを集めての正式発表がくだされたのは、午後2時を回ってからだった。

【本日の第2ラウンドをサスペンデッドに、明日朝6時より競技を再開します。 朝6時より再開をしますので、すでに第2ラウンドをスタートしている選手は5時半にマスター室前にお集まりください。

尚、3ラウンド以降ですが、組み換えをせずに、2ラウンドのペアリングのまま、3ラウンド、4ラウンドを実施します。

3ラウンド終了後に実施予定であった、予選カットはしません。2ラウンドの全組ハーフターン後に、すぐに3ラウンド・トップの組がスタートします。

明日はクラブハウスオープンは4時半、練習場も4時半、レストランは5時よりオープンします。

尚、明日以降も悪天候の場合は土曜日の早朝残りホールを消化する場合があります。また明日の段階での消化ホール数、気象状況により、54ホールで成立する場合もありますので、ご理解下さい。

また、本日、グリーン上でマークまたはボールが残ってる場合は明朝の整備作業がありますので、この後、マスター室前にお集まりください。】

 苦しい戦いとなる。それでも逃げ出すわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。どんな状況になっても、ベストを尽くすしかないのだ。過酷なサバイバルの戦いが、明日夜明け前から、また再開される。

第3ラウンド

201503
 もう辺りが薄暗く、ようやくグリーンの芝目が読めるか、どうかという日の入り前の夕方5時56分。コースにサイレンが鳴った。第3ラウンドのサスペンデッドを報せる警報だ。第2ラウンドのサスペンデッドの再開が、早朝6時。選手たちは、長い長い1日が終わった。けれども、明日の朝、再び第3ラウンドの再開となる。54ホールを完全にホールアウトした選手が、24選手。最後の組が、9ホールを消化した時点で長い1日が終わったことになる。

 「PGAさんにとっても、苦渋の決断だったんでしょう。私たちは、それに従うしかないのです。選手たちのことを思って、なんとか72ホールで最終テストを終わらせてあげたいという気持ちが伝わりますから」と言ったのは、寺西明だった。2ラウンドを終えて、通算2オーバー。寺西は、今年49歳になる。ずっとトップアマとして活躍していた選手だ。「40歳になったときに、決めていたんですよ。プロを目指そうと。田村(尚之)さんもプロ転向しましたしね。シニアツアーもそうですが、できればレギュラーツアーにも挑戦したいというのが、夢なんです。テストは、もし落ちても今年1回限りと決めています」。2ラウンド後の順位は、37位タイ。第3ラウンドでは、明日12番ティグランドでから再開する。

 さまざまな想いが交錯するプロテスト。2ラウンド終了時点で、通算4アンダーで首位タイとなった中井学は、プロコーチとして実績を積んでいる選手だ。彼も43歳と40代で、プレ予選からの挑戦である。何故? いま、という疑問が誰にでも浮かんでくるはずだ。すでに著名なプロコーチ。彼の中で、何が起きたのだろう。「よく決心しましたね?」と訊ねると「いまさらと思うかもしれませんが、やっぱりグレーゾーンではダメだと思ったんです」。彼の言うグレーゾーンとは、日本でのティーチングプロ資格もなく、アメリカでコーチをしていた実績と流れのまま、日本でプロコーチとしていることだ。

 「アメリカでジュニアとか大学でコーチを頼まれてやっていたんです。帰国して、日本のレベルの底上げは、やはり良き指導者だと思ったんですね。もっとこうすればとか、いろいろな意見がありますけど、そういう発信は、外側ではだめだと思ったんです。内側からしっかりと発信しなければ、なにも始まらない。このままではいかん。世間でプロコーチとして認知されていますけど、犬の遠吠えではなく内側からいろいろ発言し、実行し、発信していきたいというのが、決心した大きな理由です」と語る。

 確かに、見ればひと回り大きくなっている。相当のトレーニングをした証なのだろう。「半年で、7キロほど増えました。筋力トレーニングなどをして、この最終テストまで辿り着くべく備えました。確かに、プライドもありました。照れもありました。みんな、何を今更、といいました。でも、そんなもの捨てていいんだと思います。挑戦に逃げてはいけないと思うんですね。たとえ失敗しても、いいという覚悟できました」とその決意の強靭さを語ってくれた。

 伊藤誠道は、ジュニア時代から活躍し、14歳で日本アマのランナーズアップにもなっている選手だ。その後、QTを受験してトーナメントに出場しているツアーメンバーである。彼も「PGAのプロテストを受けて、ライセンスを獲るという、もう一度最初からやってみたいと思いました。JGTOのツアーメンバーという肩書ではなく、PGAプロゴルファーという自分になることから、始めようと……。サスペンデッドの影響ですか? 僕は、ツイていると思います。豪雨の第2ラウンド(水曜日)は、スタート前で中断になってラウンドしていませんでしたし、今日も、第3ラウンドは、前半9ホールをしっかりと終了して、明日は、後半(1番)からのスタートですから、なんかメリハリができています」と語る伊藤は、第2ラウンドを68で回り、いつの間にか通算2アンダーで5位グループに位置した。第3ラウンドも前半を2アンダーとして、明日は、4アンダーからのスタートになる。

 1アンダー、11位グループにいる田村光正は、東北福祉大で松山英樹と同期である。テストは、初めてである。というのも彼は大学卒業後、社会人となった。「ずっとゴルフしかやってきませんでしたから、卒業してから他のことをしてみたいと思って、会社に勤めました。ベルト(ズボンなどの)メーカーなんです。ゴルフは、せいぜいツキイチで社長とラウンドする程度でした。でも、先輩の塩見好輝プロのキャディを2回ほど試合でやったんです。いざゴルフから離れてみると、みんな格好いいんですよね。その姿やプレーが。輝いていたんです。それで、一念発起して、挑戦しようと決めました。それが昨年の10月のことです。会社を辞めてゴルフに専念したんです」という選手である。

 5位グループの小野田亨也は、元日大のキャプテンだった。2012年日本アマに優勝しプロ転向した小袋秀人と同期である。小野田も同年の中部オープンと中部アマに優勝。2009年には全国高等学校ゴルフ選手権にも優勝している選手だ。その後QTに挑戦し数試合に出場し、今回プロテストに挑戦した。

 明日、6時30分より第3ラウンドを再開し、そのホールアウトを追うように7時から第4ラウンドがスタートする。もっとも長い選手たちは、27ホール。波乱含み、タイトロープを渡りながら72ホールを完結させるべく、総動員で最終日を迎えることになる。受験生、全員にエールとエネルギーを注いであげたい。

最終ラウンド

201504
 最後まで諦めない。全員が、同じ気持だった。けれども、それだけでは御しきれないのが、ゴルフである。残り3ホールを前にして1オーバーで来た選手が、ボギー、ダブルボギー、ボギーで肩を落とす。それでも、合格ラインのギリギリ、5オーバーで通過し生き返った。54歳で挑戦した小田教久は、サスペンデッドの連続で体はボロボロになった。ホールアウトするなり、そっと成績ボードと9番、18番グリーンを行ったり来たりする。「うーん」とその先の言葉が出ない。6オーバーで上がった小田は、微妙な位置だったからだ。最終組がホールアウトするまで、成否が決まらない。1打足りずに決まったあと、肩を落とした。それでも笑顔を忘れなかった。きっと再挑戦してくれるだろう。

 10オーバーまで叩いた選手も第4ラウンドの前半で3バーディと食い下がる。そういう選手たちの闘いが、コースのそこかしこにあった。伊藤誠道が言った。「こんなゴルフの雰囲気は、生まれて初めてです。おそらく生涯に残る4日間だったと思います」。伊藤と同じ組の選手たちは、まさに当落線上を行き来していた。島本大詞、笹木一紀が食い下がって2オーバーで合格した。中村興市は、残念ながら不合格だった。「静かというのと違うんです。重苦しい沈黙。それがピーンと張り詰めているんです。これは経験した人でないと解らないと思います」と言った。伊藤誠道と時松隆光は、ジュニア時代から知っている。時松は「誠道には負けたくなかったから」といって最後踏ん張った。8アンダーのトップ通過だ。伊藤は、7アンダー。「悔しいです。新人戦でリベンジします」と言った。彼らは自分のゴルフのペースの作り方が上手かった。

 そのふたりと伍したのが43歳の中井学だった。彼は、プロコーチとして著名だが正式にPGAライセンスのプロゴルファーになることを決意しての挑戦だった。「第4ラウンドの前に、自分の順位が解っていましたから、ズルズルとプレッシャーに押されて後退しての通過でなく、その中でも負けないゴルフができないと教える側としての立場がありませんからね。トップで合格したいという気持ちだけでプレーしました」。最後の9ホールで、中井は3バーディをもぎ獲った。「でも、フェイスブックを見てみなさんが応援してくれたり、見えない力に押されたと思っています」と、語った。

 6アンダー、4位で合格した小畑拓威は、昨年のプロテストに挑戦して不合格だった。「(プロテストの)雰囲気は解っていましたし、昨年失敗したことで、この1年間頑張ってやってきました。そうは言っても最初の2日間は、とても辛かったです。どうしてもカットラインを意識するゴルフになってしまうんですね。イーブンで折り返し、第3ラウンドの16番でイーグルがとれたんです。そこから少し余裕ができました」最後の9ホール。小畑も、1イーグル、3バーディ、1ボギーの32で締めくくった。

 佐藤瞬は、一時8オーバーまでスコアを落としていた。「ちょうど1.5ラウンド終わったところで、8オーバー。しかも土砂降りの中でのプレーでしたから、どん底でしたよ。しかもハーフで40も叩いちゃって……。でも、そこで自分は見切ったんです。終わったつもりで、もう下を見るのはやめようと切り替えました。どうしても、下を見ちゃうんですね。カットラインとか気になって、それが悪い癖。上を見よう、前を見ようと思ってやったら、32が出たんです。あ、この感じを忘れないように、忘れないようにとやってたら、また32が出たんです。意識が変わったんです」と語った。佐藤は、第4ラウンドでインスタート。前半を34で回り、後半は33の67でホールアウトした。「今年で、テストは8回目なんです。2次予選で落ちたりしていました。そんな悔しさと反省で、自分の気持ちを下に向けないようにやってこれたことが、合格に繋がったと思います」と30歳佐藤の新たな出発となった。

 伊藤誠道と時松隆光は、QTからツアープレーヤーとして試合に出ている。「うーん。でも、本物のプロゴルファーになりたいなと。つまり正式にPGAのライセンスを獲って、新たな気持で戦いたいということで挑戦しました」。ちょうど伊藤は、20歳という節目で「これで成人したと思って下さい」といい、時松は来週22歳になる「スカイメイトが使えない年齢になりました。大変だけど、これで社会人ですよね。それにずっとジュニア時代から応援してくださった筑紫ケ丘のみなさんに、ひとつ恩返しができます」と語った。

 波瀾万丈という言葉が、似合うのかどうかわからない。初日を終えてから、ずっとサスペンデッドが続いた。ペアリングも4日間同じ。順位に従ったペアリングも組めない。間髪のないタイトな時間のやりくり。「僕たちも辛かったけれど、よくこの状況で72ホールできたと思います」と伊藤をはじめ、選手全員が、同じ思いだったと思う。

 49歳、寺西明の信条である「オール・ホール・イズ・バトル・フォア・アス」。私たちにとっては、すべてのホールが闘いの場である……という言葉が、まさにこの72ホールを映し出している。
 

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