いわさき白露シニアゴルフトーナメント

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いわさき白露シニアゴルフトーナメント

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第3回(2015年)

陳志忠、起死回生のシニアツアー初優勝!

若い時の野心を思い出し、あきらめない気持ちで勝ち取った初優勝

若い時の野心を思い出し、あきらめない気持ちで勝ち取った初優勝

 

「いわさき白露シニア」がいぶすきゴルフクラブ・開聞コースで行われ、最終ラウンド、首位スタートの陳志忠(57)と、3位スタートでシニアルーキーの米山剛(50)が、後半から一騎打ちの展開に。陳が、11番から3連続バーディを決め、後続を引き離し、7バーディ1ボギーの66をマーク。通算15アンダーで、2位に3打差をつけてのシニア初優勝となった。陳は、今年1月から就任している台湾PGAの理事長としても、嬉しい優勝を飾った。賞金ランキングでは、室田淳(60)が59,726,999円で4度目の賞金王に決定している。

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第1ラウンド

ワザのデパートと呼ばれるほどテクニシャンの持ち主、奥田靖己

ワザのデパートと呼ばれるほどテクニシャンの持ち主、奥田靖己

 

 日本列島を襲う寒波。その寒さは、ここ南国・鹿児島の指宿にも容赦なく襲いかかった。2015年PGAシニアツアーの最終戦「いわさき白露」の初日は「指先が悴む」ほどの寒さの中での戦いとなった。そんな中、6アンダーで首位に立ったのが奥田靖己である。前半を4アンダーでターンした奥田は、10、13番もバーディを奪って、ノーボギー、6アンダー。「やっぱりボギーがないというのは、気持ちいいですね。ただ、惜しいバーディもあったし、逆にナイスパーもいくつかありました。ま、それがゴルフなんですけどね」と苦笑いする。

 最大のピンチは、後半の16番、417ヤード、パー4だった。ティショットをフェアウエイのど真ん中。「そこでね。ワザを使おうとしちゃったんですよ。フォロー風、残り140ヤード。薄いライ。ふと浮かんだのが、8番アイアンで、シュッと切る感じで打とうと思ったんです。それが、グリーン右手前のバンカー。なんとか1メートル半に寄せてのパーだったんです」と奥田は、ワザを使おうと思ったことだった反省を語った。

 シニア選手、特に奥田靖己は、ワザのデパートと呼ばれるほどテクニシャンの持ち主である。その奥田が言った。「細かいことを考えすぎずに、ノーマルがいちばんいいんですよ。ノーマル、ノーマルでプレーしていきたいんですよ。でも、ワザも使いたくなるんですよねぇ。その兼ね合いというか、時と場合というか、考えすぎることによってミスすることがあるんです」と語る。

 どういうときにノーマルがいいのか。「今日みたいに、寒くて、指先が冷たくなって感覚が欠如しているときは、ワザは使っちゃいけないですよね。それに、後半になれば、やはり寒さも手伝って、下半身、足腰が弱って来ますからね。そういうときこそ、ノーマルで行くべきでした」と語る。

 確かに、16番のあと17番、184ヤード、パー3で、ピン奥3メートルにつけた。それを外してのパー。18番では、ティショットを曲げてしまう。「こういうゴルフの内容は、その証拠です」と言う。「どうしても、しっとりとプレーができなくなるんですよ。見えないほどのワンテンポの間合いがなくなる。それもこういう天候によるところが多いですね」と解説してくれた。

 とはいえ、ノーボギーの6アンダーだ。「今年は、小さな大会(後援競技)では結果が出せましたけど、やっぱりツアー競技で優勝したいですよね」とワザ師奥田が語った。

 今季のシニアツアーで目立つのが、シニアルーキーを始めとする50代前半の選手とベテラン勢の競い合いだ。前週の秋葉真一と室田淳の戦いが顕著な例である。この日、5アンダー、単独2位に立った鴨林猛徳もその1人である。小学校時代は、野球。その後ずっとバレーボールの選手だった鴨林は、18歳の時からゴルフを始めた。北海道出身の選手である。

 「この試合、ランキングが降りてきて、急遽出場できるようになったんです。練習ラウンドも前半の9ホールしかできなくて、どうなることかと思っていたら、練習ラウンドしていない後半9ホールで5バーディ。皮肉なもんですね(笑い)」。確かに、インスタートして10番、そして11番と連続バーディでスタートした。11番では、なんと15メートルの距離が入った。アウトへとターンすると、2番でバーディ。ところが、7番でボギーと練習ラウンドした9ホールがイーブンパー。今季4試合目。「レギュラーツアーでの経験が、ほとんどないといってもいいぐらいで、北海道の試合、ANAとセガサミーに出たぐらいです。ですから、こうしてシニアツアーで戦っていると、中嶋(常幸)さん、倉本(昌弘)さんなど有名選手のひとたちと一緒に回れることが、とても嬉しいですね」と語った。北海道出身なら、寒さの中でのプレーは慣れていると思っていたら「いや、寒い時はコースがクローズですから、意外に寒さの中のゴルフは慣れていないんですよ(笑い)」。ほぼ半年がクローズ状態となる。その間、インドアでの練習と、週3回のレッスンをしながら、あとはもっぱらトレーニングに勤しんでいるという。

 トップ10には、奥田、陳志忠、牧野裕、白浜育夫、室田淳などのベテラン勢に混じって、50代前半の鴨林、米山剛、田村尚之。中堅の井戸木鴻樹が入り混じっている。そんなニューウエーブと常連組の戦いの行方も興味深い。

 また、この日、青木功が、今季3度目、シニアツアー入りして9度目のエージシュートをマークした。73でエージシュートも「うーん。悔しい!」と叫びながらホールアウトした。最終ホールで1メートル強のバーディパットを外したからだ。「今日は、とても寒くて、体が思うように動かないながらも、それに対して、よくゴルフができたことには満足しているけど、やっぱり、やるからには、もっと良いスコアで回りたいという気持ちが強いからね。チャンスをものにできない数がたくさんあれば、悔しいだろ。そういう悔しさがあるうちは、まだ頑張れると思っているよ。ゴルフは、思うようにいかないもの。だから、ずっとやり続けられるんだろうね」と語った。

第2ラウンド

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 アウト16パット。イン15パット。トータル31パットというパット数は、戦う選手としては「パットが入らない。調子が悪い。スコアにならない」という部類になる。ましてや優勝争いを演じる選手ならば、苦虫を噛み潰す数値だ。しかも、1番、2メートル。4番、3メートル半。8番、2メートル。9番、3メートル……と、入れ頃の距離をことごとく外している。

 倉本昌弘が嘆くのも無理は無い。ところが、スコアが66。「ゴルフというのは、そういうものなんですよ」と、嬉しさと悔しさが、交錯して気持ちが収まらない。「今日は、昨日までの寒波の影響もなく、ショットする上で絶好のコンディション。いい風が吹いていましたしね。ですから、パットが入らないという印象が強くなるんですよ」と語る。もちろん、ノーボギーの6バーディ。そのバーディの内容は、すべて2メートル以内。唯一、18番ホールが、3メートルの距離だったという。それでも、8アンダーとして、首位を走る陳志忠と1打差の2位と、ディフェンディングチャンピオンとして「連覇を狙える好位置」についた。

 その倉本に最終日の展開を聞くと「三者三様の思惑があるでしょう」と言った。まず陳は、来季のシード権を狙って、この大会で一発逆転をしたい。現在は、334万5266円で48位。シード権内は30位までなので、少なくとも300万円以上稼がないとチャンスがない。ということは、この大会で3位(390万円)以内がマストなのである。だから必死に食い下がる。陳は、この日、前半で4バーディ、ノーボギーとして32で折り返したが、後半の10番でボギー。11番でバーディとしたものの、その後ずっとパープレーが続いた。「日本のシニアツアーで勝ちたい!」という気持ちが強い。その強さが微妙に陳の心理を揺さぶることもあったのだろう。それでも、18番ホールで、第3打を70センチにつける素晴らしいショットを見せて、2位の倉本を1打リードして首位で最終日を迎えることになった。

 「陳さんは、シード権をまず確保したい。そして3位の米山クンは、シニアルーキーとして、このところ調子がいい。でも、初勝利がまだこない。だから、どうしても勝ちたい気持ちがあるでしょう。いや、会長の立場としては、勝ってもらいたい」と倉本が語る。

 その米山が、語る。「今季、初めてシニアツアーに参戦して、まずはシード権確保が目標でした。その目標もクリアできていますので、やっぱり次の目標は、優勝……ということなんですけど、なかなか勝たせてくれませんね。ま、でも、ショットの調子がいいんですよ。うーん、調子がいいというよりは、例えば、ボギーを叩いた後のティショットでも、引きずらないで切り替えてショットできているんですね。レギュラー時代は、自分の想像以上に入り込んでしまってミスを繰り返してきましたけど、シニアになって大きく変わったことは、引きずらない、力まない。意気がらず、入り込み過ぎない」という精神状態でプレーし続けられていることだという。ショットに関しては、シニアツアーを目指して5年間で、スイング改造に取り組んだ。谷将貴コーチとタッグを組んで作り上げたスイングが、生き生きしているのだ。

 「先週のISPSハンダカップで、秋葉(真一)クンが、シニアルーキーで初優勝しましたから、次は、米山クンに勝ってほしい。そうなれば、シニア選手の層と厚さ、50代前半の選手の活躍とフレッシュ感も出てきますからね」と語った。

 その倉本も、もちろん優勝を狙っている。「2年連続優勝というのは、僕しか権利がありませんから、是非ともしたいですね。試合になれば、誰もが勝ちたいという気持ちで戦うわけですから、僕も一歩も譲りません。それぞれが、そういう強い情熱があるから、ゲームが面白くなるわけですよ」と貫禄の言葉で締めくくった。

 パット数が31パットでも66が出せるゲームマネージメントとショットの精度を持つ倉本。確かに、ゴルフという不思議なゲームの中の、もうひとつの不思議なゲームが、パッティングだと言われるが、このパット数が、最終日、どういう形で表れるのか、見定めていたい。

最終ラウンド

初日から自分にプレッシャーをかけていたという陳志忠

初日から自分にプレッシャーをかけていたという陳志忠

 

 百戦錬磨の陳志忠も、スタート前は「そうとうプレッシャーがあった」と言い出した。 どうしても陳志忠で思い出すのは、1985年の全米オープンだ。全米オープン史上初のダブルイーグルを達成し、初日65をマークし、そのまま3日目を終えて首位で最終日を迎えた。2位と4打差とした5番ホール。そこでショットをミスしてようやく3打目でグリーンエッジ。そこは深いラフだった。柔らかいボールでフワッと上げる寄せを試みた陳は、確かにボールはフワッと上がったが、そのボールに、ヘッドが当たってしまい2度打ち。そのショックで、このホールで8。4打差リードが無くなった。さらに、3連続ボギーなどで、結果的に1打差の2位となった。誰もが、このシーンを覚えていると思う。

 陳は、それでも、その2年後、1987年にロサンゼルス・オープンでベン・クレンショーとプレーオフを演じて見事に優勝を果たした。そして日本のレギュラーツアーでも6回の優勝経験がある。その陳志忠が、この最終戦では、プレッシャーとの戦いだったという。

 「スタート前、いや、プレー中も、自分自身に何度も言い聞かせていたんですよ。いま自分のできることに集中しなさい。よそ見をしないで、その1打に集中すればきっといい結果が待っているんだってね」。その気持ちだけだった。1、2番とバーディ発進。3番でボギー。それでも陳は、慌てなかった。米山が、その3番でバーディを奪い、2打差。さらに米山は、7、8番で連続バーディ。ここで陳と並んだ。けれども、陳は焦らなかった。「ほかの人が、どうであれ、自分の1打に集中するんだ」と言い聞かせた。「今日は、守りのゴルフはしない。攻めのゴルフでいこう」と攻撃は最大の防御という姿勢を貫いた。勝負の流れが、大きく変わったのは、後半に入ってすぐの11番ホールだった。

 米山は、11番、388ヤード、パー4で、2打目をピンまで1メートル強のところにつけた。逆に、陳は、20メートル。それも下りのラインだった。先に、陳が打つ。「間違えれば3パットもある。でも、弱気になったらダメだ。届かなければ入らない。ここは強気に攻めよう」とストロークしたボールは、なんとカップの中に消えた。バーディ。それを見た米山は、やや動揺したのか「ラインを読み間違え」てのミス。ボギー。ここで2打差がついた。陳は、この11番のあと12、13番とバーディとしてまた米山を突き放した。米山も13番でバーディとしてようやく2打差を守るのがやっとだった。

 16番で陳がバーディとして3打差つけた。ここで一息つけるところだが、陳は、続く17番、184ヤード、パー3で「ここをしっかりと乗り越えなければ勝てない。プレッシャーで手前の池に入ったらダボがある」と気を引き締めた。「勝てるという実感があったのは、18番のグリーン上にボールが乗ってからですね」と、米山とともにバーディとして陳は、15アンダーで見事な初優勝を遂げたのである。

 思い起こせば、陳がシニアツアーに入って、7年目の初優勝だった。「なかなか勝てなかったねぇ。まあ、2012年に左手首周辺の靭帯を手術して1年間ゴルフができませんでしたからね。それも辛かったけど、こうやって優勝出来たことで、みんな(過去の苦労は)吹っ飛びましたよ。最終戦で、どうしても3位以内に入らないと来季のシード権が獲れないと解っていたので、それだけを目標に頑張りました。ホントによかった」と喜んでいた。

 陳は、台湾PGAの会長(理事長)に今年の春から就任した。「ですから、若い選手たちに僕が勝ったことで、いい刺激になってもらえばいいなと思います。倉本さんも会長兼選手ですけど、ほんとに大変なことですよね。自分がその立場になってみて、つくづくその苦労がわかりますよ」。昨年は、日本のPGA会長が、そして今年は、台湾PGA会長が優勝するという最終戦となった。

 なお、この最終戦で最終賞金ランキングが決まり、上位30位以内の選手が、ランキング・シード選手となった。初シードには、シニアルーキーの秋葉真一、久保勝美、そして米山剛。さらに初シードは山本昭一、平石武則である。また芹澤信雄が、返り咲きした。

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