第59回日本プロゴルフシニア選手権大会 住友商事・サミットカップ

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第59回日本プロゴルフシニア選手権大会 住友商事・サミットカップ

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第58回(2019年)

白潟英純が3日間首位の座を守り、嬉しいシニアツアー初優勝

通算12アンダーでシニアツアー初優勝を飾った白潟英純

通算12アンダーでシニアツアー初優勝を飾った白潟英純

 

「第58回日本プロゴルフシニア選手権大会 住友商事・サミットカップ」は、最終ラウンド、首位スタートの白潟英純(53)が、一時14アンダーまでスコアを伸ばしたが、15番ホールをトリプルボギーとし苦しい展開に。しかし後続も追いつけず、通算12アンダーで3打差をつけて、シニアツアー初優勝を飾った。2位には通算9アンダーでタワン・ウィラチャン(51)、プラヤド・マークセン(53)、倉本昌弘(64)、塚田好宣(50)が続いた。

 

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第1ラウンド

湯原が1打差の6位発進!上位に久々顔を出した

湯原が1打差の6位発進!上位に久々顔を出した

 

 久々にボードの上位に「湯原」の名前が上がった。湯原信光(62)が、4アンダー68で首位に1打差6位につけた。

「最後、失敗した!」とスコアカード提出所へ。4アンダーできた最終18番パー5、第2打でグリーン手前まで運んだ。日陰になって見えにくい場所だったため、本人はパターをもって2打地点から歩いてきた。「乗ったか、カラーだと思った」というが、傾斜を転がってグリーンから少し離れていた。「ピンまで40ヤード近くあった。いいや、と思ってパターで打ったんだけど、そんなパター、したことないよね。当たらなかった」と、6、7メートルほどショートしてピン手前のカラーまでしか行かず、首位に並ぶチャンスを逃した。

 それでも、ここ最近では「いいゴルフだった」という。イーブンで折り返して、インでは12番で奥のカラーから8メートルを入れ、13番ではOKについた。16、17番ではともに1.5メートルにつけ、ショット、特に本来のアイアンの切れが戻ったゴルフを展開した。「5アンダーにしたかったけど、しょうがないよね。年も年だし、暗くなって陰になってくると見える景色が変わってきちゃう。最後もそんな感じだった」と、失敗の踏ん切りはつけている。

 このところ、体と相談しながらのゴルフが続いていた。2016年富士フイルムで背中の筋断裂を起こして棄権。その後もだましだましゴルフをしていたが、前年のこの大会第1ラウンドでまた同じところを筋断裂して棄権した。19年の2月にニュージーランドで少しずつゴルフを始めて、ようやく「戦列復帰」。超短波を利用した治療も継続している。「でもどこかに怖さがあって、振れなくなる」と、いつ再発するかという恐怖心との戦いもあって、19年もマルハンカップ太平洋クラブシニアで4位になったが、50~60位台が多く、賞金ランクも42位に低迷している。

東京国際大ゴルフ部監督との二足のわらじ。監督業と自分のゴルフの関連性は?「ない。まったく切り離している」という。ただ、学生たちが突然応援に来ることもある。「日本シニアオープンでも来てくれたんだよ」と、そこはうれしそうな表情を見せた。

 シニアツアーでは2010年皇潤クラシック以来優勝がない。「このところ、背中がよければちゃんと当たる、という感じのゴルフ。今日は調子がよかった。だから、問題は体。最後まで持ってくれたら、ゴルフをする方法は知っているから」。技術の引き出しをたくさん持っているだけに、それを取り出せるかどうか、が残り3日の課題になる。

第2ラウンド

シニアルーキー塚田が2位に浮上! 初出場で日本タイトル奪取

シニアルーキー塚田が2位に浮上! 初出場で日本タイトル奪取

 

「日本プロゴルフシニア選手権大会 住友商事・サミットカップ」の第2ラウンドは白潟英純(53)が9バーディー2ボギーのベストスコアタイの65ストロークをマークし、通算12アンダーで単独首位に浮上した。2位には塚田好宣(50)が2打差の通算10アンダー、3位にはT・ウィラチャン(52)が通算9アンダーで続いている。

 145ストローク(1オーバー)50位タイまでの63名が決勝ラウンドに進出した。尚、台風19号の接近に伴い、第3ラウンドの競技は中止になり、本大会は54ホールでの実施予定となる。

◇ ◇ ◇

 シニアルーキー塚田好宣(50)が、初出場で日本タイトル奪取のチャンスをつかんだ。最終18番パー5で第2打をグリーン手前に運び、アプローチで寄せてバーディーで終えた。通算10アンダー2位とし、首位白潟に2打差とする貴重なバーディーになった。

 午前組の白潟が12アンダーに伸ばしたことを知ってスタートした。「12アンダーにはいかないなと思いました。できれば2けた。(同組の)マークセンとかも二けたには行くと思ったので」という。4アンダーからスタート、1番パー5で第2打をバンカーから1メートルに寄せてバーディーを奪う。7番で3メートル、8番で1メートルの連続バーディーで折り返した10番。「20ヤードぐらいのパットが入ったのでびっくりした」と、3連続になった。

 12番で5メートルを入れ、15、16番では「グリーンを外して2メートルぐらいのパーパットを入れた」と、ピンチをしのいだのが、最終ホールのバーディーにつながった。雨が降るコンディションでボギーなしは出場116人中4人。トップ10では塚田だけだった。

 前日はショットの調子が今一つ上がらなかった。「練習場がつま先下がりだったんです。つま先下がりや上がりの練習場で打つとだめなんです」と、この日はアプローチとパッティング練習だけで、ショットの練習はせずにスタートした。それが功を奏した?「今日ショットはまあまあよかった」と振り返る。断続的に降る雨も気にしなかった。1度目の降りでは8、10番でバーディー、2度目の降りでも18番でバーディーを奪った。

 台風19号の影響を考慮して土曜日のラウンドが中止になった。9月に大きな被害をもたらした台風15号と同じようなルートで来ている。千葉県山武市在住で、15号では3日間停電し、コマツオープン出場に交通網の被害で電車を乗り継いで東京に出て、2日がかりで石川県小松市に着いた経験をしている。「15号の時は家の近くの木が倒れたりしていたので、今回も心配なんですけど、帰ったら戻ってこられない。うちではランタンとか買っていました」と話した。

「今週は楽しみです。シード権を取りたいので、なるべく上位で」と控えめ。日本プロシニアに勝つと3年間のシード権が与えられるが。「そうなんですか。それっていいな。やる気出てきました」と笑った。

 休みになった土曜日の過ごし方は?「ホテルの前が健康ランドなので、開いてたらマッサージとかお風呂とか。酒を飲みすぎないように気をつけます」。デビュー年での日本プロシニア制覇へ、ぜひ気をつけたい。

最終ラウンド

白潟が嬉しいシニアツアー初優勝を飾る

白潟が嬉しいシニアツアー初優勝を飾る

 

 これが、シニア初優勝、しかも伝統ある日本タイトルのプレッシャーだったのだろう。白潟英純(53)はこう切り出した。「慌てました。15番から、ほんと、落ち着きませんでした」。

 優勝への道のりは平たんではなかった。2位塚田に2打差でスタート。1番パー5で40ヤードほどに2オンしたが、3メートルショートし、3パットでパーに終わった。2番パー3ではピン右上につけてしまい、連続3パットでボギー。この時点で塚田に並ばれる。それでも、8番8メートル、9番1メートルを入れ、12番では2メートルにつけてバーディー。通算14アンダーまで伸ばした。追う側の同組の塚田、ウィラチャンが14番でともにダブルボギー。ここで一気に5打差に広がった。

「12番でバーディを取ってから、1ホール、1ホールという気持ちでいました。相手のスコアは気にしていなかったんですが」という。直後の15番だった。第1打を左のバンカーに入れ「ピッチングウェッジでした。グリーンの手前までとか、あわよくばと、迷いがあった」とダフって、ピンまで60ヤードほど残した。そこでもダフって30ヤードほどしか飛ばず、第4打でピン上7メートルほどに。1メートル強ショートしてまさかの3パットのトリプルボギー。貯金は一気になくなった。「頭が真っ白になった。なんでこんなことやるんだろうって」。17番で取り、最終18番パー5ではレイアップして第3打をピン上にオンさせた時点で、やっと勝利がみえた。

 バーディーパットは10センチほどに寄せた。同組の選手たちに言われて、笑いながらマークした。1988年シニアツアー制度施行以降では10人目の、日本プロシニアでのシニア初優勝者となった。

「ゴルフをずっとやってきて、初めてメジャーなタイトルになった。日本タイトルを自分なんかが、という気持ちは多少あります」と笑った。

 台風19号の影響を考慮して第3日は中止となり、88年以降初めて54ホールに短縮された。「いつもなら一晩考えればいいんでしょうけど、1日と一晩は長かった」という。前日はホテルを出ずにいた。「レギュラーツアー(ブリヂストンオープン)は昨日のうちに最終日も中止になっていて、テレビではひどいことになっている。こっちはどうなのかなーと思いながら過ごしていました。中止になればいいと思うと気持ちが折れるので、思わないようにしたんですけど」という。この日朝の快晴を見て、よしやるぞと思った?「うーん…あーあというのと、よしっていうのと、正直半々ありました」と、それこそ、正直に胸の内を明かした。

 1980年、青木功がジャック・ニクラウスと激闘を演じた全米オープンをテレビで見て、初めてゴルフを知ったという。中学3年の終わりごろにゴルフを始め、地元福岡で行われるKBCオーガスタを見に行っている。「倉本さん、羽川さん、湯原さんとかを見ていました」というから、今その選手たちと同じ土俵に上がっている。九州産業大ではゴルフ部。同部では初めての日本タイトル保持者になった。

 シニアは4年目になる。「レギュラー時代よりも、シニアになってうまくゴルフができるようになった。打ち方が分かったところもあります。ドライバーの球のとらえ方とか」。では、ゴルフはまだ進化している?「ゴルフは進化しているけど、体が退化している」と笑った。水素吸入や広島カープ式のトレーニングなども取り入れ、体のケアには心掛けている。

 今後の目標は?「今までは目の前の1勝だったので、目標といわれてもすぐには…」と考え、「全英シニアオープンに出たいです。今年、奥田さんや羽川さんとマンデーに行って、1打差で落ちたんですけど、それから成績がよくなった。海外でやるとフェアウエーに打つ大切さを感じる。本戦に出たいというのが目標です」。全英シニアオープンへの出場資格は賞金ランク1、2位。2位ウィラチャンには約1200万円余。追いつけない数字ではない。

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